空前絶後のブログ

「このようなブログを今後、我々が読むことは恐らくかなわないでしょう」-ヒラリークリントン-

短編ホラー小説をかいてみた 『匣の中の家』

暇つぶしに書いた短編ホラー小説です。稚拙な作品で恐縮ですけども、宜しかったら暇つぶしにどうぞ

  「私の家を『視て』は貰えないか」そう頼まれたのは上司と食堂にて昼食を共にしていた時の事である。
その五十代も半ばになる彼は、車椅子の上に鍛え抜かれた細身の身体と鋭い目つきを乗せている。ブラウン色に染められた髪も相まって、さながらイギリスの退役軍人の様な容貌と威厳がある。しかしそう頼む彼は、今は相当にバツが悪そうである。
 「視る、とは?」どういった意味でしょう、と私はうすうす察しつつも応える。それは確認の為が半分、この見た目通りに厳格な上司から、オカルトチックな言葉を遠まわしせずに聞きだしたいという気持ちが半分あった。勿論、科学とリアリズムを旨とする彼からは、到底望めないとは分かっているのだが。
「いやね、最近家内が家に私達以外の何かがいると言って訊かないんだ。」自嘲とも妻への嘲りともつかぬ笑みを浮かべながら彼は言う。妻が訴えるには、家に一人でいるはずなのに、度々誰かの気配が、確かにするそうだ。
「それだけでなく夜に誰かの足音まで聞こえてね・・・」妻だけでなく、彼も聞いているのだろうか。話の終わりにはその表情から笑みが消え、少し疲れを覗かせる。
「それでホラ、君はそういうのが『視える』って前に聞いたことがあってね。引越しの時に部屋の鑑定をした事もあるとか・・・」ますますバツが悪そうに、そういうわけで我が家も視て貰えないだろうか、と彼は再度頼んだ。
「分かりました。しかし、」言いかけて一瞬、昔の記憶が走馬灯の様に蘇る。物心がついて、幽霊が他の人には視えないと知ったこと。それを教えてあげて、他人を厄から助けてあげたいと思ったこと。しかし人には気味悪がられたり、虐めを受けたこと。嫌な記憶を振り払い、私は続ける。
「視えたところで祓ったりは出来ません。それで構いませんか?」構わない、と彼は応え、週末に伺うと約束を交わした。
「ようこそお越しいただきました。今日は変なことでお呼びしてしまって御免なさいね」約束の日、出迎えてくれた彼の妻は、気品がある女性だった。背筋がピンと通っており、似たもの夫婦なのだなとぼんやり思う。
「それでは早速視させていただきますね。」挨拶もそこそこに、私は家の中を視て回る。居間、寝室、トイレ、書斎、・・・風呂場の戸を開けたとき、それは居た。十歳ぐらいの子ども。しかしそれがこの夫婦の子ども等でない事はすぐに分かる。異常なほどに青白い肌、白と黒の境界が曖昧なほどに濁った眼。少し驚いているその隙に、それはトテトテと小走りに脇を通り抜け、彼の妻の身体をよじ登ると肩にダラリとぶらさがった。
「今日はありがとうございました。貴方にそう言っていただけると私、確かに少し疲れていたのかしらね。」帰り際、玄関で彼女は晴れやかな顔でそう言った。
「ありがとう。お陰で私も気が晴れたよ。やはりあの音は家鳴りか何かだったのだろう。」上司も肩の荷が下りたような笑顔でそう続ける。
「いえ、お役に立てたなら良かったです。それでは・・・」一瞬、彼の妻にぶら下がった子どもと上司の足に纏わりつく女を見る。「それでは失礼しますね。」軽く会釈をしてその家を後にした。
バスで家路に着く傍ら、ぼんやりと思う。あの夫婦に憑くモノたちは、仮に引っ越しても憑いてまわるだろう。それに、あの子ども程度なら、精々肩がこる、程度の厄で済むはずだ。
それに例え知ったところで。仮にソレを祓えたところで。
車窓から外を眺める。そこには車道をスーッと横切る血塗れのサラリーマンがいる。歩道には鬼の様な形相を浮かべる老婆が道行く人を睨みつけている。歩道の真ん中に立つ落武者に若い女学生がぶつかり―、しかしそこには何もなく、女学生は首をかしげながら歩いていく。今度は落ち武者と一緒に。
私は視線を車内に戻す。そう、結局のところ、どうしようもないのだ。